問い 長年住んでいた借家から転居することになりましたが、家主さんから原状回復をするよう求められました。何をすれば良いのでしょうか。 答え 転居によって建物の賃貸借契約が終了すると、借主には原状回復をす …続きを読む
覚えのない罪でいきなり逮捕
Yさんは、ある日突然、「知人の給料30万円を盗んだ」という容疑で、警察に逮捕されました。Yさんは知人の家に行ったものの、給料など盗んでいなかったので「盗んでいない」と取り調べ担当の刑事に否定しました。しかし刑事はYさんの言い分を聞いてくれません。
Yさんの家族から依頼を受け、私がYさんとの面会に行ったのは、そんなときでした。
通常、逮捕された後の刑事事件では、逮捕から72時間以内に、裁判所が10日間以内の身柄拘束(これを「勾留」といいます)の決定をし、10日目までに検察官が起訴・不起訴の処分を決定します。捜査に時間がかかる場合は、裁判所が勾留延長の決定をすると、更に10日間以内、身柄拘束が延長されることもあります。当事者が容疑を否認している場合は、勾留延長の決定がなされることが多いので、逮捕から起訴・不起訴が決定される勾留の満期日まで、最大23日間かかることになります。
Yさんは、逮捕された後自分がどうなるか、私と面会したときには全く知りませんでした。私が、今後の手続について説明し、身柄拘束が続く見込みが高いと話すと、「どうやって、罪を晴らしたらいいのですか」と接見室の机の上にくずおれてしまうほどでした。
告げられなかった黙秘権
犯罪の疑いをかけられた被疑者には、警察・検察の取り調べで何もいわなくてよい権利(黙秘権)が憲法で保障されています。また、刑事や検察官が、事実と異なる供述調書に署名するよう求めても、これを拒絶する拒否権があります。
自分に不利な内容の供述調書に署名押印してしまうと、それに基づいて起訴されたら、後で供述調書の内容を否定することは大変困難です。ですから、身に覚えのない容疑で捕まったときには、黙秘権や供述調書への署名押印拒否権を貫き、事実に反する調書を絶対に作らせないようにする必要があります。
私は、黙秘権や調書への署名押印を拒む権利が憲法で保障されていることをYさんに説明し、それらの権利を行使して、自白調書を作らないようにするよう話しました。
本来、黙秘権も、供述調書への署名押印を拒否できることも、憲法上の重要な権利ですから、取り調べの最初に刑事が説明しなければなりません。しかし、Yさんは一切説明を受けていませんでした。
Yさんは弁護士の説明を聞いて、気力を出し、その後の取り調べでは、容疑を押し付けようとする刑事に頑張って反論し、不利な供述調書を作らせることもしませんでした。
起訴前の否認事件での弁護士の活動
Yさんは警察・検察という大きな組織に一人で対抗しなければなりませんから、黙秘権を貫き通すには、弁護士がついて、Yさんを励まし、違法な取り調べがなされれば異議を申し立てなければなりません。
そこで、大阪法律事務所内で複数の弁護士で事件を担当し、交代で2~3日に1回、Yさんと面会しました。
私たち弁護士は、面会と並行して、「勾留理由開示公判」という手続を申立てました。これは、裁判所に、公判廷で、被疑者(Yさん)を勾留している理由の開示を求めるものです。同時に、公判廷でYさんが意見を陳述することもできます。法廷では、Yさんはしっかり「私は無実です」など、言い分を意見陳述をすることができました。
この件は、単純な事件で、Yさんがあくまで自分はやっていないと否認しているのに勾留延長決定がなされました。このような勾留延長は、取り調べの時間を取って被疑者を追いつめ、虚偽の自白を取るためのものとしかいえません。
そこで弁護士は「違法な勾留延長法だから、勾留延長を取り消してYさんを釈放すべきだ」として異議申立て(準抗告)を行いましたが、裁判所には認められませんでした。
急な釈放の通知
Yさんが逮捕されてから22日目が勾留満期日でした。その前日、警察からYさんの家族に、「明日、Yさんを釈放するから迎えに来て欲しい」と電話がかかってきました。私たち弁護士が、検察官に「Yさんを不起訴にすべきだ」との意見書を提出に行った際に確かめたところ、検察官は「Yさんは釈放して、不起訴にします」とはっきり答えました。
その結果、Yさんは、逮捕されてから22日目に無事釈放され、後日、晴れやかに事務所に挨拶に来られました。このような成果が得られたのは、Yさん自身の頑張りとともに、弁護士が、成果が少なかったり、裁判所に認められなくても、可能な手続は全て行うという姿勢で、事件に取り組んだ成果です。
それにしても驚いたのは、警察が、黙秘権の告知もせず、供述調書の署名押印拒否権もYさんに告げずに取り調べをしていたことです。これでは、普通の人なら、自分の言い分が通らなければ警察・検察のいうがままに供述調書の作成に応じてしまうしかありません。
誰でも、いつ、身に覚えのない罪で逮捕されるか分かりません。被疑者の身を守るために、弁護士が依頼を受けて活動することの大切さを痛感した事件でした。