賃金引き下げ|労働問題の法律相談

Q1 勤務先の社長から今月以降,給料は3割カットと言われました。このように一方的に言われることよって,私の給料は減額されるのでしょうか。

給料(賃金)は労働契約によって定まります。そして契約というものはお互いを拘束しますから、一方当事者がこれを勝手に変更することはできません。労働契約の変更には、あくまで労働者と使用者の合意が必要です(労働契約法(労契法)8条)。

こうした合意もなく、また、就業規則不利益変更などの適法な手続も経ないまま(Q3)、使用者が一方的に賃金を減額することはできません。

Q2 減額された給料を黙って受け取ってしまった場合は、減額が有効になってしまうのでしょうか。

賃金の減額については明確な合意が必要
Q1で述べたように、労働契約の変更は使用者と労働者の合意(意思の合致)が必要です。したがって、労働者が賃金減額に同意することを表明していなければ、原則として労使間の合意があったとは認められません。
 
賃金を受け取ったことで合意したことになるか
問題は、労働者が、減額された賃金を一定期間黙って受け取り、就労していた場合に、「黙示の合意」があったと言われないかです。
 
しかしながら、裁判所は、この「黙示の合意」を容易には認めません。労使間には力の差があるため、労働者が文句を言えない場合も数多くあるからです。
 
裁判例では、賃金を20パーセントカットされた後、3年間黙って賃金を受け取っていたケースでも、黙示の合意を否定したものがあります(NEXX事件・東京地判平成24年2月27日)。
 
この事件で裁判所は、黙示の合意が認められるためには、労働者が賃金カットを「その真意に基づき受け入れた」と言えるだけの合理的理由が必要としています。
 
その上で、このケースでは、①経営者以外の従業員2名のみが対象者となっており、従業員は解雇を恐れて反対を表明することが困難な状況にあったこと、②使用者が労働者に対して、賃金カットの理由を具体的に説明していなかったこと、③大幅な賃金カットに対する激変緩和措置や代償措置が十分なかったことを理由に、労働者が真意に基づいて受け入れていたとは言えないとして、黙示の合意は成立していないと結論付けています。
 
賃金カットが使用者によって一方的に実施され、既成事実化してしまったような場合でも、あきらめることはありません。

Q3 会社が、就業規則(賃金規程)を変更して、賃金を減額しようとしています。このような就業規則の変更は有効なのでしょうか。

就業規則による労働条件の不利益変更の要件
使用者が、労働者との合意なく、一方的に賃金を切り下げることができないことは、Q1で説明しました。また、就業規則(賃金規程など)を変更することによって労働条件を一方的に変更することもできません(労契法9条)。

ただし、労契法は一定の要件を満たした場合に限り、就業規則の変更によって、労働条件の引き下げをすることができるとしています(労契法10条)。

 ① 変更後の就業規則の周知
 ② 変更後の就業規則に合理性があること

①については、変更後の就業規則の周知を怠った場合には、変更後の就業規則は従業員に対する拘束力がないとした裁判例があります(NTT西日本事件・大阪高判平成16年5月19日)。
 
問題となるのは②の合理性の要件です。労契法10条は、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」を総合判断するとしていますが、これは過去の最高裁判例が考慮すべきファクターとして挙げたものを明文化したものです。
 
また、裁判所は、賃金が労働者にとって最も重要な労働条件であることから、就業規則による賃金減額には「高度の必要性」があることを要求しています(みちのく銀行事件・最判平成12年9月7日など)。
 
その上で、労働者の受ける不利益の大きさはどの程度か、企業にとって賃金を切り下げざるをえない必要とは何なのか、一部の者に不利益が集中していないか、労働組合などと話し合った上での措置か、などを総合的に検討して、合理性の有無を判断しています。

具体的な裁判例から
(1) 減額率が大きいケース
経営悪化を理由に基準内賃金を一律50%カットする就業規則変更について、労働者の不利益があまりにも大きいとして合理性が否定されたケースがあります(全日本検数協会事件・神戸地判平成14年8月23日)。

一方で、退職金を50%カットする就業規則変更について、倒産回避のためなど高度の必要性を考慮して合理性が認められたケースもあります(日刊工業新聞社事件・東京地判平成19年5月25日)。

(2) 特定の労働者のみ大幅な賃金減額がされたケース
具体的な事情にもよりますが、特定の労働者だけに大幅な不利益を与えるような就業規則変更について、裁判所は合理性を認めない傾向にあります。

みちのく銀行事件では、55歳以上の銀行員にのみ、33%から46%の賃金減額を行ったケースについて、最高裁は、高年齢層の職員に対してのみ大きな不利益を与えるものであるとして合理性を認めませんでした。

(3) 経過措置や代償措置の有無
裁判所は、賃金カットをするにあたっての経過措置(激変緩和措置)や、業務負担の軽減などの代償措置を適切に行っているかを重要な要素として考慮しています。

上記みちのく銀行事件判決では、代償措置が不十分であることが、合理性を否定する理由の一つとされています。