労働時間規制と残業代(時間外割増賃金)|労働問題の法律相談

Q1 なぜ労働時間規制がされているのですか。

労働条件の最低基準を定める労働基準法(労基法)は、労働時間を、週40時間以内、1日8時間以内と定めています(法定労働時間。労基法32条)。また、週に1日は休日とすべきものとしています(法定休日。同法35条1項)。これは、長時間労働が、労働者の健康を害し、生活を破壊するからです。

かつて、このような規制がなかったころ、たとえば19世紀のイギリスの炭坑では、あまりの長時間労働によって労働者が次々と倒れていくという悲惨な現実がありました。労働運動は、歴史的には、このような非人間的な長時間労働をやめさせようという要求から始まりました。

メーデーは、1886年にシカゴの労働者が1日8時間労働制を求めてストライキをしたのが起源とされています。また、列強諸国の労働力のダンピング競争が第1次世界大戦を引き起こしたことへの反省から、1919年のヴェルサイユ条約で発足したILO(国際労働機関-現在は国連の一機関)は、さまざまな条約により国際労働基準を確立してきましたが、初期の条約の大半は労働時間と休日・休暇に関するものでした(残念ながら、わが国は労働時間や休日に関する条約をほとんど批准していません)。

現在、わが国の労働者の長時間労働は先進諸国の中で群を抜いています。過労死が後を絶たず、不名誉なことに「KAROSHI」は世界的に通用する言葉になってしまいました。

このような長時間労働を防止するために、労基法は、使用者が、法定労働時間を超えて、あるいは法定休日に、労働者を働かせようとする場合には、労働者の過半数代表または過半数組合の代表者との間で書面による協定を締結することを義務づけるとともに(労基法36条によるものなので「さぶろく協定」ともいいます)、超過労働時間分については通常の賃金よりも割増しされた賃金を(時間外割増賃金)を支払うべきものとしてます(同法37条)。

Q2 どのような場合に残業代(時間外割増賃金)を支払ってもらえるのですか。

使用者は、労働者を、週40時間または1日8時間を超えて働かせたり、法定休日(労基法35条に基づく週1日の休日)に働かせたりしたときは、割増賃金を支払わなければなりません。

具体的な割増率は、週40時間、1日8時間を超えた労働に対しては、通常の賃金の2割5分以上、休日労働に対しては、通常の賃金の3割5分以上となっています(同37条1項)。

また、労働が深夜(午後10時から午前5時まで)に及べば、深夜労働として2割5分以上の割増率が加算されます。これは、とりわけ深夜労働が労働者の健康を害するおそれが大きいことから、これを抑制しようという趣旨です。

時間外労働と休日労働が深夜に及ぶ場合は、その分の割増率を上乗せしますので、それぞれ5割増、6割増となります。

なお、割増率が「以上」とされているのは、より大きな割増率で支払うという労使合意があればそれによるという意味です。

たとえば、始業時刻が午前9時、終業時刻が午後5時と定められ、休憩が正午から午後1時の1時間とされている事業所で(所定労働時間7時間)、午前9時から午後11時まで働いた場合、次のようになります。

Q3 残業代(時間外割増賃金)の計算方法を教えてください。

残業代(時間外割増賃金)は、【通常の労働時間の賃金の時間単価】×【割増率】×【時間外・休日労働時間数】で計算をします

除外賃金とは
ところで、労働者に支払われる賃金の中には、労働の対償としての性質が希薄で、個人的事情に基づいて支払われるものや、臨時的に支払われるもので通常の労働時間に対応する賃金とはいえないものもあります。
そこで労基法は、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7種類の賃金を割増賃金の算定の基礎となる賃金から除外しています(除外賃金)(労基法37条5項、労規則21条)。
これら7種類の除外賃金は、単なる例示ではなく、限定的とされていますので、これらに該当しないものは、通常の労働時間の賃金に含めて割増賃金を計算しなければなりません。また、除外賃金にあたるか否かは、単に名称ではなく、その実質によって取り扱うべきものとされています。

時間単価の計算方法
【通常の労働時間の賃金の時間単価】は、日給制の場合は、日給額をその日の所定労働時間で割って計算します。

これに対して、月給制の場合は、月給額を「月における所定労働時間数」で割って求めます。しかしながら、実際には、月によって所定労働時間数が異なる場合が多いので、この場合は【1年間における1か月平均の所定労働時間】を以下の式で算出します。

「1年間の所定出勤日数」×「1日の所定労働時間」÷1

Q4 会社は残業を命じていない、勝手に働いているだけだと言って残業代を支払ってくれません。この場合は残業代を請求できないのですか。

労働時間とは
使用者の賃金支払義務の発生する労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれた時間のことをいいます(三菱重工長崎造船所事件・最判平成12年3月9日)。したがって、残業代を請求できるのは、使用者からの指示に基づいて残業した場合ということになります。

黙示の残業命令
もっとも、この指示は、明示のものだけではなく、黙示でもよいとされています。
そして、現実に時間外に行うべき業務があったとか、出席すべき会議が開催されていたとか、上司が超過勤務していることを知りながらこれを容認していた、などの事情がある場合には時間外勤務の黙示の指示があったとされています(京都銀行事件・大阪高判平成13年6月28日、東京都多摩教育事務所事件・東京高判平成22年7月28日など)。

これに対し、使用者が明示的に残業を禁止する命令が出しており、残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、これを徹底させていたような場合には、時間外に業務を行っても労働時間と認められず、残業代は発生しないとされています(ミューズ音楽院事件・東京高判平成17年3月30日)。

Q5 会社に残業代を請求したのですが、「基本給25万円に残業代が含まれているから、別途残業代を支払う義務はない」といって払ってくれません。残業代の請求はできないのでしょうか。

残業代の組み込みは原則として許されない
最近、残業代を請求された企業が、「給与の一部が残業代である」(固定残業代)、「管理職なので残業代はない」などと主張することが増えています。

ブラック企業が残業代の支払いを免れようとする典型的な手法ですが、法律上は、このような主張は簡単に通りません。

賃金のうち、通常の労働時間に対する賃金部分と、時間外労働に対する賃金部分が明確に区分されていない場合には、「残業代が含まれている」という主張はできません(高知県観光事件・最判平成6年6月13日、テックジャパン事件・最判平成24年3月8日)。

したがって、「基本給25万円に残業代が含まれている」というだけでは、残業代が明確に区分されていないのは明らかですから、会社は残業代の支払を免れません。

Q6 会社に残業代を請求したら、「給与のうち、営業手当3万円は残業代なので、支払う残額はほとんどない」と反論してきました。会社の主張する金額を受け入れなければなりませんか。

「営業手当が残業代だ」という会社の主張が通れば、残業代の金額が大幅に少なくなります。それは、残業代計算の基礎となる【通常の労働時間の賃金の時間単価】(Q3)から「営業手当」相当分を差し引かないといけない上、算出した残業代からさらに既払分として「営業手当」額を差し引かなければならないことになるからです。

しかし、残業代の支払は使用者の最低限の義務ですから、「手当」が残業代と言えるかは、厳格に判断しなければなりません。

「手当」が残業代といえるための要件
「手当」が残業代といえるには、まず、(1)実際に残業(時間外労働)の対価として支払われている必要があります。成果に応じて支払われるもの、インセンティブ(報償)として支払われるものは、残業代とはいえません。

また、(2)「手当」が何時間分の残業代なのかが労働者に明示され、その時間を超える残業があった場合には不足額を精算する合意がされていることも必要です。どれだけ長時間労働をしても、残業代の精算がされていない(追加の残業代の支払いがない)場合は、「手当」が残業代であるとは認められません。

残業代に当たるかどうかが実際に裁判で争われた例としては、「営業手当」のほか「特別手当」・「職務手当」・「業務推進手当」・「報償手当」等、さまざまなものがありますが、裁判所は、「手当が残業代である」という主張を簡単には認めていせん。(「営業手当」につき、アクティリンク事件・東京地判平成24年8月28日、「成果給」・「宿日直手当」につき、トレーダー愛事件・京都地判平成24年10月16日など)。

手当が残業代だとしても不足分は請求できる
また、仮に手当が残業代とされる場合でも、それが労基法上計算される残業代に足りない場合には、その差額を請求することができます。

あきらめずに弁護士に相談してみてください。

Q7 「あなたは管理職なので残業代はありません」と会社から言われています。管理職は残業代を請求することは出来ないのでしょうか。

残業代を支払われない「管理監督者」の方が例外
労基法は、労働者の労働時間を規制し、一定時間を超えて労働させた場合に、使用者に時間外労働手当(残業代)等の支払義務を負わせています。長時間労働による労働者の健康被害を防ぎ、バランスの取れた生活を保障する、労働者保護が目的です。

このため、残業代支払義務の例外となる「管理監督者」(労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」)は、厳しく限定されています。

係長・課長・店長などの肩書があるだけで残業代を払わなくてよいことにはなりません。ただ、実際には、こうした肩書を与えて残業代の支払いを免れようとする使用者が多く、社会問題となっています(いわゆる「名ばかり管理職」問題)。

「管理監督者」の基準と実例
「管理監督者」は労働者保護の例外であるため、(1)労働時間の規制を超えた活動が要請されるような(経営者と一体的な立場の)重要な職務・責任・権限があり、(2)自分の判断で労働時間を管理でき、(3)賃金等についてもその地位に相応しい高い待遇を受けている者とされています。

(1)の点から、経営会議等に出席しない場合、企業の経営事項に関与しない場合、採用・昇格・昇給等の人事の決定権がないような場合は「管理監督者」には当たりません。

(2)の点から、出退勤の時刻を自分で決定できず、恒常的な時間外労働に陥っているような場合も「管理監督者」には当たりません。

(3)の点では、給与が他の従業員より若干高いとか、管理職手当が支給されている程度では「管理監督者」には当たりません。

外食チェーンやコンビニなど小規模店舗の店長のケースでは、「管理監督者」を否定する判例が相次いでいます(日本マクドナルド事件・東京地判平成20年1月28日など)。

Q8 最近、「残業代ゼロ法案」が問題となっているようですが。

現在、安倍政権は、2015年の通常国会に「残業代ゼロ法案」を提出しようとしています。

これは、一定の範囲の労働者について、労基法の労働時間規制・時間外割増賃金制度の適用を除外するというものです。この制度が適用されると、いくら長時間働いても、残業代はゼロとなってしまいます。

アメリカでは、週給455ドル(月収20万円程度)以上の事務系労働者(ホワイトカラー)について、一定の要件のもとに時間外割増賃金制度の適用除外とすることから、「ホワイトカラーエグゼンプション」と言われています。

わが国でも、2007年ころ、第1次安倍政権がこの制度を導入しようとしましたが、全国的な反対の声の前に、断念となりました。これをしつこく復活させようというのが現在の第2次安倍政権です。2014年6月に閣議決定された「日本再興戦略改訂2014」では、「時間ではなく成果で評価される制度」と称して、(1)一定の年収要件(たとえば年収1,000万円以上)を満たし、(2)職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象にするとしています。

しかし、いったんこのような制度が導入されれば、その範囲が次々と広げられていくことは、労働者派遣法を始め、これまでのあらゆる悪法がたどってきた道筋です。

そもそも、残業代をゼロにして、つまり労働者への支払を削って、企業収益(株式配当)を増やそうという発想自体が間違っています。働く人々の生活を踏みつぶすことで成り立つ「成長戦略」にしがみついていても、国民が幸せになることはないでしょう。