問い 長年住んでいた借家から転居することになりましたが、家主さんから原状回復をするよう求められました。何をすれば良いのでしょうか。 答え 転居によって建物の賃貸借契約が終了すると、借主には原状回復をす …続きを読む
1 医療事故の発生
病気を治すために病院で治療を受けたのに、逆に病状が悪化したり、別の病気に罹ったり。場合によっては、命を落としてしまうこともあります。
痛んでもいない歯を勝手に削られたケースから、早期胃癌の摘出手術を受けた後に傷口が開いて死亡したケースまで、私が担当した事件だけでも不幸な結果が生じた医療事故は多数あります。
2 医療事故の特徴
医療事故が生じた時、患者さんやご遺族は、思いがけない結果になったことに大きな衝撃を受けますが、医療というものは、病気に罹っている患部だけではなく、人体全てを対象にするものですし、人体への侵襲を直接伴う手術はもちろん、投薬でも、思いがけない作用が生じて身体を傷つけることがあります。また、医学は万能ではありませんから、思い通りの結果を出すことが、そもそもできない場合もあります。
ですから、医療を受けることによって想定した良い結果が出せないこと、あるいは、想定しなかった悪い結果が出ることもしばしばあり、これを絶対に防ぐことはできませんから、治療がうまくいかなかったからと言って、直ちに医療機関に責任を追及できるものではありません。
医療機関に責任を追及できるのは、通常の医療機関であれば実践するべき「医療水準」に違反した場合に限られます。
3 医療水準の探求
医療事故の相談を受けた弁護士が一番悩むのは、この「医療水準」の確定です。「医療水準」は、一義的に明白なものとして定められているわけではない上に、診療科目や医療機関の質(診療所、総合病院、大学病院など)、地域、時代によって大きく変わるからです。
弁護士は医学の素人ですから、「医療水準」は知りません。文献で勉強したとしても、通常の医師が実践している措置、実践するべき措置を把握するのは困難です。
そこで、弁護士が医療事故の依頼を受けたときには、手術する場所を間違えたなど、そのミスが明らかな場合を除き、専門の医師の指導を仰ぐことになります。医療事故が起きた診療科目に通じた専門医から、その分野の「医療水準」を伺うとともに、当該医療事故の際に行なわれた具体的な医療行為の当否に関する意見を聞きます。
4 事件の見通し
専門医から意見を聞いた弁護士は、その意見を基にして、当該医療事故の責任を医療機関に問い得るかどうかを検討し、その時点での判断を下します。
弁護士は医療の専門家ではありませんが、法律や裁判の専門家ですから、当該医療事故について、医療機関側に法的な注意義務違反があるか否かを検討し、法的義務に違反すると判断すれば、つまり、医療過誤があると判断すれば、その過誤に基づいて生じる賠償額を算出した上で、その解決方法を探ります。
この時、弁護士は、協力してくださった専門医の判断を尊重はしますが、必ずしもそれに縛られるわけではありません。医師の感覚と患者の感覚、そして裁判官の感覚はそれぞれ異なるからです。患者がミスだと考えていても、医師はミスだと考えないケース(大多数はこれです)、医師がミスだと考えていても裁判官は過誤だと考えないケース(これは意外に多くあります)、逆に、医師がミスだと考えていないのに裁判官がミスだと考えるケース(これは少ないながらもあります)と、いろいろなケースがあるからです。なお、患者が初めからミスだと考えていないケースは紛争になりませんが、初めはミスだと考えていても、協力医の意見を聞いてその考えを改めるケースも時にはあります。
弁護士は、患者の立場だけではなく、医療機関の立場や裁判官の立場にも立って、当該医療事故を検討し、医療機関に過誤があるか否か、その過誤が裁判で認められるか否か、解決にかかる費用や時間などを全て考慮して、その解決方法を提案します。
過誤が無いと判断すれば諦めてもらう提案をし、過誤があると判断すれば医療機関側に責任追及することを提案します。責任追及は、通常は示談交渉から始めて、交渉が決裂すれば訴訟を提起することになりますが、訴訟を提起するとなると、時間も費用も格段に多く費やすことになりますので、相当の覚悟をしていただく必要があります。
難しいのは、過誤があると判断したものの、裁判官に認めてもらうことが難しいと思われるケースです。弁護士は過誤があると確信しながらも、裁判官は過誤を認めないだろうと思われるケースですが、このようなケースがあること自体、裁判の専門家でない方には理解しづらいかも知れません。しかし、裁判官の常識は一般人の常識と大きくズレていることが結構あり、医療機関側が過誤を暗に認めている(通常の医師であれば自分のミスに気がついています)にもかかわらず、裁判官が否定することも実際にあるのです。
この場合、弁護士としては自らの意見を述べた上で、最終的には依頼者ご自身に決めていただくことになります。