コラム

複雑化する交通事故事件-Tさんのケースから

2017.06.07

一件の事故でも争点多数なのが、交通事故の損害賠償事件です。
近年、損害保険会社の争い方が従前より激しくなり、対立の大きな事件が増加していると感じます。よりよい解決のため、自賠責請求、交通事故紛争処理センターの斡旋、調停・裁判等から、何れの手続を選択するかの判断も重要です。

私が担当したTさんのケースを紹介します。

事故発生
Tさんは高校生の子と2人暮らしのシングルマザーです。自転車で走っている時、自動車と接触する事故に遭いました。自動車は接触に気づいたのに、走り去ってしまいました。Tさんは、咄嗟に見た相手自動車のナンバーを警察に連絡しました。

Tさんは、事故直後から膝が痛くて堪らず、病院に行きました。ところが、相手自動車の任意保険会社は数ヶ月で治療費の支払を打ち切ってしまいました。しかし、Tさんが病院で検査を受けると、半月板を損傷していたことが判り、入院して手術を受け、更にリハビリ治療のため通院しなくてはならなかったのです。
Tさんには、自分で加入している自動車保険があり、合わせて人身傷害保険に加入していました。

自賠責への請求
相手車両の任意保険会社が治療費を打ち切っているので、まず、自賠責に被害者請求をしました。
診断書や診療報酬明細書(レセプト)の提出を行った結果、入院手術・リハビリ治療終了までの治療費に加え、14級の後遺障害が認定されました。

しかし、Tさんの膝の痛みは続いていたので、後遺障害について見直しを求め、異議申立をしたところ、半月板損傷が客観的な所見であるとして、等級が12級に上がりました。

損害賠償裁判と争点
その後、事故の相手方に対し、損害賠償請求の裁判を提起しました。
いくつかの争点やポイントがありました。

1点目は事故の過失割合です。相手の走行道路の側が優先道路だったので、Tさんの過失割合の方が大きいと主張されました。とはいえ、Tさんは自転車、相手は自動車であり、現場を確認したところ、相手車両からTさんの自転車はよく見える状況だったことが分かったので、写真などを提出して反論しました。
これに関連して、相手車両が事故時に走り去ったことをどう評価するかという問題がありました。事故が発生した場合に、相手が怪我をしていれば救護する義務があります。相手方はこの義務に違反しており、いわゆる「ひき逃げ」といえる事案でした。調査したところ、「ひき逃げ」の場合、「事故の過失割合は変更されないが、慰謝料の増額理由となる」との下級審判決例がありました。そこで、慰謝料を増額して請求しました。
2点目はTさんの怪我(半月板損傷)が、事故で発生したものかどうかです。半月板損傷は、交通事故のような外傷により生じるとは限らず、加齢で発症することもあるため、自賠責で後遺障害の認定がされたにも関わらず、相手方は激しく争いました。Tさんの手術を執刀した医師に話を聞いたところ、「所見からは外傷性と言える」との回答でしたので、その意見を参考に反論をしました。

3点目はTさんの損害のうち、休業損害・逸失利益の算定基礎となる収入額です。Tさんは、怪我のためにパートの仕事を休み、家事も出来ませんでした。こうした「主婦」(家事従事者)と兼業で仕事をしている場合は、「主婦」としての損害(同年齢の女性等の平均賃金を基準)と、仕事をして得ている収入のうち高い方で計算をします。Tさんの場合、主婦としての損害の方が高かったので、これに基づき算定しました。

裁判上の和解
裁判では、双方が準備書面や書証を提出した後、裁判所から和解案の提示がありました。交通事故事件では、一定の段階で裁判所が和解案を提示し、双方が合意できない場合に、人証調べを行って判決に進むという進行が一般的です。
Tさんのケースでは、和解案は、Tさんの怪我が外傷性である等の当方の主張を考慮した内容だったこともあり、和解に応じました。

人身傷害保険の請求
和解案上では、Tさんには事故について一定の過失割合があることが前提になっていました。
Tさんの加入する人身傷害保険に対し、和解案の内容を説明した上で請求を行ったところ、Tさん側の過失割合分を補う形で、人身傷害保険から保険金が支払われました。

このため、Tさんは、相手方からの損害賠償と、人身傷害保険を合わせて、事故による損害についてほぼ全額の補償を得ることが出来ました。

人身傷害保険への請求を、どの段階で行うかは、事案によって異なります。Tさんのケースでは、自賠責の被害者請求・相手方への損害賠償請求を先行しましたが、人身傷害保険への請求を先行する場合もあり、個別に検討する必要があります。

弁護士への相談・依頼を
Tさんのケースは、争点が多岐にわたり、自賠責への請求と異議申立・相手方に対する訴訟・人身傷害保険への保険金請求という複数の手続を行い、解決に至りました。

弁護士が知識や経験を駆使してこそ、依頼者の方の利益を図る解決が出来ます。当事者には分からないことも多々あるでしょう。弁護士費用特約を利用するなどして、早めに弁護士に相談・依頼していただくのが良いと思います。

Tさんのケースも、弁護士費用特約を利用しての依頼でした。