コラム

認知症高齢者の鉄道事故をめぐる最高裁判決

2016.04.25

認知症の高齢者が線路に立ち入って列車にはねられ死亡した事故により、運行の遅れなどの損害が発生したとして、JR東海がご本人の妻と長男(別居)に対して損害賠償を求めていた事件で、最高裁は、2016(平成28)年3月1日、JR東海の請求を棄却する判決を言い渡しました。

この事件は、高齢化社会の進行や老老介護の広がりといった社会背景から国民的関心を集め、最高裁判決前後には新聞各紙でも特集が組まれていたので、みなさんのご関心も高いものと思います。

1審の名古屋地裁(名古屋地判平成25年8月9日)は、妻と長男の双方が責任を負うとしましたが、2審の名古屋高裁(名古屋高判平成26年4月24日)は、妻だけが責任を負うとしていました。これに対し、最高裁判決は、妻も長男も責任を負わないとしたものです。

最高裁は、配偶者や後見人であるからといって、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」(=損害賠償責任を負う監督義務者)(民法714条1項)にあたるとはいえないとした上で、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情があれば準監督義務者として損害賠償責任を問うことができるが、これにあたるかは、

 1.その者自身の生活状況や心身の状況
 2.その者と精神障害者との関わりの実情
  ア 親族関係の有無・濃淡
  イ 同居の有無その他日常的な接触の程度
  ウ 財産管理への関与状況
 3.精神障害者の心身状況・日常生活における問題行動の有無・内容
 4.これらに対応して行われている看護や介護の実態

など諸般の事情を総合考慮して、「その者が精神障害者を現に監督しているか、あるいは監督することが可能かつ容易である」など、責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか、という観点から判断すべきものとしました。

そして本件では、同居の妻は85歳という年齢やみずからが要介護1の認定を受けていたこと、長男も遠隔地に住み月に3回程度訪問していたにすぎないことから、いずれも監督可能だったとはいえず、準監督義務者にはあたらないとしました。

これは、現実の管理を引き受け、かつ、管理する能力が現実にあるといえる場合に、初めてそれに伴うリスクも引き受けたことになるという考え方を示したものといえます。

また、本件の判断の前提には、認知症による徘徊それ自体は一般的に危険な行為とはいえないという認識もあります。そういえば、11歳の小学生が校庭でフリーキックの練習のためにゴールに向けてサッカーボールを蹴ったところ、これが道路に転がり出て、これを避けようとしたバイク運転中の高齢者が転倒・死亡した事案で、最高裁が親権者の損害賠償責任を否定したことを記憶しておられる方も多いことでしょう(最高裁平成27年4月9日判決)。

ここでも、最高裁の判断のポイントは、小学生の行為が通常は人身に危険が及ぶ行為とはいえないというところにありました。

今回の最高裁判決では、木内道祥裁判官(大阪弁護士会出身)が、成年後見制度などの趣旨も含めて、たいへん説得的な補足意見を書かれておられます。とりわけ、「保護者、後見人に本人の行動制限の権限はなく」、「介護の引き受けと監督の引き受けは区別される」と指摘されている点は重要です。

もっとも、最高裁までたたかったご長男が、朝日新聞のインタビューにおいて「介護を頑張るほど、自分から『監督義務』に近づいてしまう。」と語っておられるように、なお不条理感のある問題は残されています(2016年3月22日付)。

他方で、責任無能力者の予測不能な行動によって第三者が被害を受けることがあり得るのも事実です。今後はこれらを社会的にカバーしていくための公的な制度づくりが課題となるでしょう。

(最高裁ホームページ) http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/714/085714_hanrei.pdf