当事務所は12月28日から1月5日まで休業させていただきます。 新年は1月6日(月)午後1時00分より営業いたします。
■就職から1年でのうつ病発症
Xさんは、大学を卒業後、機器販売メーカーY社に就職し、得意先での機器の保守・修理業務に従事していました。
就職から半年ほどした頃、ささいな行き違いから、Xさんに対して、顧客からクレームがあった時、上司は、一方的にXさんを罵倒しました。その後も、上司はXさんについて、周囲に「クズだ」などと非難していました。
Xさんは、得意先を回った後、事務処理もする必要があり、連日、夜遅くまで仕事をしなければならず、長時間労働になっていました。
更に、冬のボーナスが支給された後、Xさんは複数の上司から「ボーナスの額が多すぎるから、みんなにおごれ」と求められました。Xさんは酒が飲めませんでしたが、上司が音頭をとって飲み会の日が決められ、当日、Xさんは、参加者全員8名分の飲食代を払わされました。
Xさんはこれを契機に体調が悪化し、うつ病と診断され、仕事も休業することになってしまいました。就職から約1年経った時期でした。
■労災申請と認定
私がXさんの相談を受けたのは、休職後1年半ほど過ぎた頃でした。「Y社を退職するが、労務管理の問題でうつ病になったことについて、手続をとってはっきりさせておきたい」という希望でした。
まず、労災申請をしました。
精神疾患の発病について労災が認定されるには、「発病の前概ね6ヶ月間に強い業務上の心理的負荷があったこと」が認定の基準とされています。
Xさんの場合、発病前6ヶ月間の平均残業時間は約80時間で、過労死してもおかしくないほどでした。上司の暴言や飲み代を支払わされた出来事も、精神的に強い負担となるものでした。
労災申請にあたっては、Xさんについて、これらの強い業務上の心理的負荷となった事情を、詳細に書いて、提出しました。その後、労働基準監督署が調査を行いました。
約1年の調査の上、Xさんのうつ病発症は、労災認定され、うつ病発症後の治療費と、休業補償(賃金の80%)がXさんに支給されました。
■勤務先に対する損害賠償請求
労災認定後、私たちは、今度は、Y社に対して、Xさんに対する損害賠償を求める裁判を起こしました。
使用者は、労働者に対し、「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を負います(平成12年3月24日最高裁電通事件判決)。Xさんがうつ病になったのは、Y社が、この注意義務に違反したためであるとして、Xさんの被った損害(労災によって補てんされなかった分の休業損害・慰謝料・弁護士費用)を請求したのです。
Y社は、裁判に対し、争う姿勢を見せましたが、手続の中で、裁判所から和解の勧告があり、Y社が一定の金額をXさんに支払う内容で和解が成立しました。
■精神疾患の労災認定の実情と新認定基準
このケースでは、労災認定がされ、Y社に対する損害賠償請求でも成果があり、Xさんの希望に答える解決ができました。
Xさんの例に限らず、長時間労働や職場でのいじめ(パワーハラスメント)などが原因で、精神疾患を発症する事例が増えています。精神疾患についての労災申請も、ここ数年は、毎年連続して、申請件数が過去最高を更新しています。
企業間の競争が強まる中、企業のモラルが低下し、労働者に対する違法な労務管理が横行していることが背景にあるといえるでしょう。
しかし、精神疾患について労災が認定される件数や割合は、決して多くはありません。
Xさんに対する労災認定がなされた平成19年度には、全国で、精神疾患について労災申請件数が約1000件に対し、労災認定された件数は、約280件でした。職場の問題が原因となった精神疾患が増えている実態に比べ、件数・割合ともに、余りにも少ないというのが実感でした。
2011年(平成23)年12月26日、厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」を定めました。精神疾患の労災認定申請が増加している事態を受け、審査の迅速化・効率化を図るため、新しい認定基準を発表したものです。
ただし、その内容については、職場でのいじめやセクシュアルハラスメントについて、労災認定の幅が広がったとされる一方、労働者の精神疾患を適切に救済するには、まだ不十分という評価もあります。
弁護士としては、今後労災による救済の幅を広げるため、個々のケースで、労災の認定を得るための努力をすると同時に、認定基準の運用全体についても注視する必要があります。