孔市良通信

ピレネー讃歌 vol.6「ピレネーの村々と山々の旅(その6)」

2017.06.26

サンミシェル・ド・キュクサ修道院にて

7月19日日曜日、モリ・レ・バンのグランドホテルをカザルスの鳥の歌に送られて9時すぎに出発する。このホテルは、雰囲気もよく建物が立派でまわりの環境もよく、いいホテルだった。

パプロ・カザルスの音楽祭のポスターを見ながら、10時少し前にキュクサ修道院に到着する。到着したのはいいが閉まっていて入れない。日曜日で10時30分からミサがあるらしく、それまでは閉館のようだ。バスの運転手のフランクさんが修道院の裏手の方の事務所に行き、案内料を出すからと交渉してくれて、ガイド付きで修道院の見学ができるようになりほっとした。

入り口を入ってのすぐの部屋には、教会の全体を示す模型があり、それにもとづいてこの教会の歴史や規模などが説明された。中庭に出ると前方に大きな塔が見え回廊や建物の全景が目に入ってくる。この教会の歴史層は主として10世紀(教会)11世紀(地下墳墓と鐘楼)12世紀に(回廊)の三つの層から成り立っている。

まず回廊を見て歩く。1140年から1150年にかけてつくられたというが、現在のものは1950年から1953年の復元である。

18世紀のフランス革命時に教会は売りに出され、多くの柱頭が散逸してしまった。特に1907年アメリカの彫刻家ジョージ・グレイ・バーナートが売りに出された柱頭を買い入れアメリカに持ち帰った。1926年ニューヨークのメトロポリタン美術館がそれを買いとり、1936年ハドソン川の公園内の回廊美術館に柱頭を復元した。主な柱頭は、アメリカで見ることができる。

フランス側でも、1952年新たに作りなおしたものを加えてこの教会に復元したのである。ここの柱頭彫刻は植物文様と動物文様があり、特に動物文様は面白い。鷲、猿など中近東やアジア的な動物が多様なバリエーションを持ちながら柱頭を飾っている。(「ヨーロッパ古寺巡礼」饗庭孝男参照)

地下墳墓に案内してもらったが、大きな一本の柱に支えられた空間である。「棕櫚の木」と呼ばれるように中央から四方に枝を広げた形であまり見かけない石組である。「秣おけの聖女の地下墳墓と名付けられているらしいが魅力的な空間である。

この教会の馬蹄型アーチをめぐって西ゴートオリエントカタルーニア的前ロマネスクアーチ等の影響が論議されている。このことは、「この地方の文化形成の複雑さを反映し、それが10世紀のサン・ミシェル・ド・キュクサ修道院の独自な性格を明らかにしている。

教会を出て、アンドラに向かう頃、日曜日のミサに参加する人達が次々に訪れてきた。

11時前、この教会を出発する。12時近くにセグレ川の流れるサイヤグウズラ村で車を降りてコーヒータイムとトイレ休憩。ちょうど日曜市場で果物やチーズ、サラミなど屋台で売っていて、見て歩くのも楽しかった。