孔市良通信

ピレネー讃歌 vol.3「ピレネーの村々と山々の旅(その3)」

2015.08.10

1.モンセギュール カタリ派最後の地へ
(1) モンセギュール及びカタリ派とは何かをまず書く事にする。
モンセギュールとは、カタリ派最後の城塞のことである。ピレネー山麓のモンセギュールの城塞は、石灰岩の岩塊で、長さは約100メートル、幅は狭い所で300メートル、広い所で500メートルもある。岩塊の頂上は東に向かって狭く、傾斜した台地で、台地そのものの周りは垂直の絶壁になっている。高さは1207メートルあり、この岩上に立てこもって最後の抵抗をしたカタリ派の信徒は約400〜500名で、1244年3月16日に全滅したと言われている。
 
カタリ派といわれた人々は、当時の南フランスの王侯貴族をはじめ商工業者を中心とした金持階級が多く財政力も豊かであった。この人々の領土と金を狙ったのはフランス国王であり、異端排除を目的とするローマカトリックと連合戦線を組んでカタリ派を弾圧したと考えられている。

(2) カタリ派の弾圧や、ローマカトリックの腐敗を知る為にはどんな本がよいかを紹介しておきたいと思う。
まず、一番読みやすい小説は帚木蓬生の「聖灰は暗号」(上・下、新潮文庫)であろう。推理小説風でなかなか面白い。ローマカトリックの弾圧にあって火炙りにされたカタリ派の人々は、偶像崇拝を拒み清貧を旨とし、信仰に篤かった人々として描かれ、日本の江戸期の隠れキリシタンとの比較もなされている。
 
次は、堀田善衛の「路上の人」(新潮文庫)である。中世のヨーロッパを舞台とする文明評論的な小説であるが、後半部分は、カタリ派への弾圧の実態や、モンセギュールでのカタリ派の最後がよく描かれている。
 
カタリ派そのものの研究解説としては、「異端カタリ派」(フェルナン・ニール著、自水社)がよく読まれている。

(3) モンセギュールの城塞へ
レンヌ・ル・シャトー村を昼過ぎに出発して、すぐ昼食を食べてモンセギュールの頂上に登る事になった。登山道の出発点には、記念の碑が建っており、ここからゆっくり登って約40分程の距離である。ゆったりとした坂道には小さな紫色のイトシャジンの花が沢山咲いている。頂上には、大きな城塞の跡が残っており、一体こんな岩の頂上にどんな方法で巨大な城が建設されたのか。城塞は南北の長さが100メートルもあり、幅も30メートル、高さは15〜20メートルである。この頂上からのピレネーの景色は素晴らしい。ゆっくり城の中を廻って当時を思い描いた。
 
このモンセギュールにも財宝伝説が語りつがれている。1244年3月、モンセギュールの最後が近づいた頃、数名のカタリ派の中心人物にカタリ派の財宝を持たせて逃亡させたという伝説である。一体どこに隠したのか。このカタリ派の財宝伝説と、既に訪れたレンヌ・ル・シャトー村の財宝伝説が結びつけられ、宝探しが現在も続いているということである。カタリ派の悲劇的な最後にも、宝探しの夢が語られて、気分的にほっとする思いである。
 
十分に写真なども撮って、山を降りることにした。もう夕方の5時30分になっており、急いで今夜の宿泊地であるモリ・レヴァンのグランドホテルに向かった。