孔市良通信

ピレネー讃歌 vol.1「ピレネーの村々と山々の旅(その1)」

2015.08.02

1.はじめに
2015年7月16日から26日までの11日間、フランスとスペインの国境の山、ピレネー山脈を旅してきた。
 
ピレネー山脈は、地中海側から大西洋側にかけて横たわる約400キロの山脈である。フランスとスペイン側にまたがっていることもあり、ピレネー山脈とその山麓の村々には独自の歴史と文化が存在する。
 
ピレネーの山々の美しさ、山道に咲く高山植物の多種類の美しさも魅力の一つを構成している。又、この山の中にはアンドラ公国と呼ばれる小さな独立国も存在している。
 
2015年の夏は、この10年間共に旅してきた九州の仲間や私の弟の楊枝嗣朗の友人や先輩、大学の先生などを中心に24名で出発する事になった。
 
大阪からは、同じ事務所の谷智恵子弁護士が同行してくれた。
 
第一番の目的地は、トゥールーズにも近いカルカソンヌの町である。そして、小説「ダヴィンチ・コード」でも有名になったレンヌ・ル・シャトー村と、カタリ派最後の砦、モンセギュールの城塞である。これらの目的地については、旅行参加のメンバーに事前予習をお願いして色々な書物を読んでもらった。その書物は以下のような本である。
 
中世の雰囲気や、カタリ派に対するカトリックの虐殺やカタリ派の抵抗と敗北の歴史等については、堀田善衛の「路上の人」。帚木蓬生の小説「聖灰の暗号 (上、下)(いずれも、新潮文庫)
  レンヌ・ル・シャトー村に関しては「ダヴィンチ・コード」。
  日本人の小説としては「レックスムンディー」荒俣宏(集英社文庫)
  レンヌ・ル・シャトーを世界的に有名にした、「レンヌ=ル=シャトーの謎」 (イエスの血脈と聖杯伝説・柏書房)

2.カルカソンヌにむけて
2015年7月16日(木)の出発日には日本では台風が近づいていて、天候はよくない。近畿地方には夜中に台風が通過の可能性有りと天気予報があり、ぎりぎりの出発であった。
 
添乗員は、東京から来た茨城県水戸出身の増田美香さんで、なかなかてきぱきよく働いてくれそうである。
 
エアーフランス291便・関西空港午前11時25分発。夏の間はヨーロッパと日本では7時間の時差があり、現地には日本より7時間遅れで計算する。パリには、現地時間夕方17時に到着する。約15分遅れで順調にやってきた。機内から空港に出ると、気温34℃の暑さである。
 
乗り換えてまず、トゥールーズに行かねばならない。18時30分発の予定が1時間遅れの出発になり、19時50分着の予定は、21時近くなる。
 
トゥールーズ空港から、カルカソンヌに直接バスを走らせる。カルカソンヌのホテルには23時10分頃到着した。日本時間では、午前6時過ぎということになり、結局24時間近く乗り物にゆられていたことになる。やはりヨーロッパは遠い。ホテルに到着後、すぐに1階の部屋に入り荷物を簡単に整理して風呂にも入らず、すぐに寝る。ヨーロッパ旅行ではまず1日目少しでも早く寝ることが大切である。次の朝は、午前6時に目が覚める。すぐに風呂にお湯をたっぷり入れて、ゆっくりぬくもる。右足の膝をマッサージして膝の痛みをやわらげる。風呂から出て、一日目の日記を書いた。

3.カルカソンヌ城にて
カルカソンヌのホテルは、ナルボンヌ門から2分程度で、大変便利な場所である。ホテルの名前は「アラゴン」。
 
早く起きたので、朝食までナルボンヌ門を中心に城壁を散歩してこようと思い、ホテルから城壁に向かう。弟の嗣朗と中島先生がすでに、土手の上をのんびり歩いているのに出会った。カルカソンヌ城壁にそってゆっくり散策した。すがすがしい気持ちを十分味わった。現在、フランスの観光地で一番人気はモンサンミッシェル。第二番目が、このカルカソンヌ城である。そう思えばここは僕にとって3回目ではあるが、いい所に又来られたなと感概深いものがある。カルカソンヌについては、有名な観光地であり案内書も詳しく書くかれたものが多い。

7時朝食、果物を中心としたいい朝食だった。部屋からも、城の外壁がよく見える。午前9時、ホテルから歩いてカルカソンヌの観光に出かける。ナルボンヌ門への跳ね橋の手前まで来ると、右手の石柱に女性の大きな顔の彫刻が私達を見おろしている。石柱には、「わたしはカルカス」と刻まれている。
 
このカルカスという女性は、サラセン王モバウークの妃で、カルカソンヌという町の名前も、この女性カルカスにちなんで名前はつけられたといわれている。
 
まず跳ね橋を渡って城壁の中に入る。橋を渡ると、二重の城壁の間にあるリスと呼ばれる、開けた場所に出る。正面にはナルボンヌ門が見える。門の上を見ると高く狭いアーケ-ドの上の聖マリアの石像がそこを通る人を見おろしていた。ナルボンヌ門をくぐると石畳クロメルヴィエイユ通りに出る。狭い上り坂の道で両側に土産物屋やお菓子の店舗などが並んでいる。
 
クロメルヴィエイユ通りと城が接する場所に出ると、中央に19世紀の歴史学者ジャン・ピエール・クロメルヴィエイユの胸像が立っている。三方にはクレープの店やレストランなどが並んで、観光客もぼちぼち増えてきた。さらに歩いて大きな半円方の壁にむかった。コンタル城の壁にぶつかる。固く閉ざされた門の奥に見張りの塔が見えた。トランカヴェル家の居城である。開門は午前10時すぎということで、入場することはできなかった。次にサン・ナペール教会のステンドグラスを見学に行った。