孔市良通信

民謡ふるさと紀行 vol.8「千葉県木更津 木更津甚句」

2015.06.01

1.はじめに
平成27年5月連休も終わって直ぐに、千葉県の内房の木更津に行ってきた。 東京駅から総武線千葉から内房線と乗り換えて、1時間ちょっとの東京湾の港町だったところである。 この木更津は江戸時代から江戸と木更津を結んで、木更津船が運航されており、木更津船の船頭が唄っていた舟唄が木更津甚句の元唄だと言われている。

2.ちょっと寄り道
「證誠寺の狸ばやし」
木更津といえば、木更津甚句よりなにより、童謡の「證誠寺の狸ばやし」が有名であり、戦後まもなくNHKのラジオ番組「英語会話」のテーマソングとして毎日のように放送されたので、童謡を越えて日本全国の人が知る曲になった。 作詞は野口雨情で、大正13年木更津に来た時、證誠寺の狸伝説をもとに作詞し、これに中山晋平が曲をつけて、大正14年に発表されたものである。 證誠寺は木更津駅から歩いた10分位のところにあり、狸塚やこの曲の記念碑もある。

3.木更津甚句の歌詞と由来
歌詞は ハァー 木更津照るとも東京は曇れ かわい男が(男でなしに「おかた」もあり) ヤッサイモッサイ ヤレコリャドッコッコイ コリャコーリャ 日に焼ける この曲ではヤッサイモッサイ〜以下の掛け声が独特のもので面白い。 百科事典「ウィキペディア」によれば、幕末に船唄を元に木更津出身の噺家の木更津亭柳勢が江戸の口座で唄って、江戸界隈で流行したと伝えられている。 その後大正時代になって、木更津の芸妓の小野きくが新橋のお座敷に出て、この「木更津甚句」を披露して、東京の花柳界から全国に広まったということである。 この曲は、私が民謡を習いだして初めての唄で、いつまでも懐かしい。

4.木更津甚句記念碑
木更津では、この曲を記念する碑を鳥居崎海浜公園に設置している。 ここは木更津港に面する公園で、港の雰囲気が残っているところである。 この記念碑は立派なもので、二人の女性がこの曲で踊っている姿を中心にしている。台の下には、曲の由来、木更津船の紹介、歌詞や踊りの振り付けまで刻み込んでいる。こんな碑はめずらしい。 私が現在習っている曲は、「鴨川ヤンザ」で、木更津の反対側、外房の港町の漁師の曲で、なかなかメロディが良いので、機会があれば鴨川にも行ってみたいと思っている。